第2期 拍手お礼夢『Color』act.3〜act.5
ぽっかりとした隙間。 それに気が付けなかったのはどうしてだろう。 【 Color act.3 】 彼の事はテニスコートで友達に連れられて何度か見た事があった。 他人を魅了するテニス、仕種、声、ビジュアル。 まるで存在している事が魅力といわんばかりの存在感。 そして。 彼の、瞳。 彼を見た瞬間に、私は彼の青い瞳にとらわれたような錯覚を覚えた。 色が表面に出る人はかなり珍しいのだが驚いた事に、彼の瞳は、彼の色だった。 跡部景吾は、扉の入り口に立っていた。 私は黙ってそれを見る。 すると、彼はにやっと笑って、私に近づいてきた。 「・・・・・・・・何?」 その偉そうな笑みが気に入らなくて、私は声のトーンを低めて言う。 彼自身の実力と同様に、彼の噂も有名で。 彼女をとっかえひっかえしていたり、性格は俺様で自己中心的だったり。 そんなよくない噂も私の耳に流れてきているわけで。 「お前、俺の女になれ。」 何となく、こんな感じのからかいがあるのだろうな、と予測はできていた。 「嫌。」 「アーン?」 私が断ると彼は立ち止まって不満そうな顔をした。 その間も、私は何故か彼のその青い目ばかり見ている。 まるで、羨ましい、と心がそう言っているみたいだった。 ・・・・・・・・羨ましい? 一体何がだろうか。 「お前、俺の事知らないわけじゃねぇだろ?」 「勿論知っているよ。テニス部部長そして生徒会長、跡部景吾君。」 女癖の悪さも知っているよ、とは流石に言えなくて私はとりあえず彼の肩書きだけ言ってみる。 そしたら彼はククッと面白そうに笑って、また私に近づこうと歩む。 距離が1メートルきったとき、彼は立ち止まった。 「もう一度言う。俺の女になれ。」 「もう一度言うよ。嫌。」 オマケに笑顔を付けてみると、今度こそ跡部景吾は驚いたような顔をした。 これは貴重かもしれない、そんな事を思って嫌味ったらしく笑ってみた。 「・・・・お前」 「だって。知らない相手と付き合うってのはおかしいじゃない?」 生意気な女、とさっさと出て行ってほしいと思って私は冷めた声のトーンで話す。 それに、私が今言ったのは間違っていない理屈。 「アーン?お前、俺の事知ってんだろ?」 「跡部君は私の事を名前すらも知らないでしょ?」 彼と会話したのは今が初めてなのだから。 有名人である彼をこっちが知ってても、私は一般人なのだから向こうは私の事を知るわけが無い。 これで出て行くかな、そう思っていたけれど期待は見事に悪い方に裏切られ、 また面白そうにニヤリと笑って彼は一歩だけ私に近づいた。 「じゃあ、名前を教えてもらおうか。」 「嫌。ってか、断ってんのに名前教えると思ってんの?」 「思わねぇなぁ。」 彼はククッと笑った。 「教える気はねぇのか?」 「一ミリも無いね。」 私がキッパリと言うと彼はまた笑った。 そして、ぐいっと顔を近づけてきた。 「じゃあ、色。」 「え?」 「お前の色を教えてもらおうか。」 私の、色? 彼に言われて自分の違和感に、やっと気が付いた。 私は、色、の記憶を探す。 お母さんの言葉。お父さんの言葉。 あの、公園。 どこを探してみても、私の色、は記憶に無かった。 「聞いてんのか?」 跡部景吾の声にハッとして我に返る。 我に返ってみたけれど、混乱は収まらない。 色? わたしのいろ 「教えるわけ無いでしょ!」 パンクしそうな頭をフルに回転させて、 それだけ 私の、色? 色、なんて、知らない。 どうして? ぽっかりと抜けていたのは。 私、を表す、色、だった。 |
私は。 ここにいるの? 【 Color act.4 】 私は一切スピードを弱めずに、教室に向かう。 扉を開けるギリギリで、まだ授業中だという事に気が付いた。 あとどのくらいで授業が終わるのだろうか。 時間・・・・・そうだ時計。私はポケットからキーホルダー型の時計を出す。 文字盤を見た丁度その時にチャイムが鳴って、私は教室に飛び込む。 「え、鞄持ってどうしたの?」 「帰る。」 「え、まだ1時間目終わったばっかりだよ?」 「ごめん!」 不思議そうにする友達との会話も満足に出来ないまま、私は鞄を肩にかける。 途中で先生に会ったけれど、気にしている余裕なんて無くて。 自覚した隙間が。 とにかく気持ち悪くて。 とにかく埋めたくて。 とにかく不安定で。 家に帰ってきて、私は最初にあの手紙を掴むように取り出す。 書かれている文字を追う。けれど探す文字は見つからない。 アルバムは? お母さんと撮った写真。 お父さんと撮った写真。 3人で撮った写真。 私が写った写真。 部屋中の収納を全部ひっくり返す。 お父さんに買ってもらったお気に入りのぬいぐるみ。 お母さんと一緒に作った工作。 残してある全部のものを一つ一つ手にとる。 それでも見つからない。 何色を見ても、色は私を呼ばない。 呼応しない。 何れ。 何処。 私は、何処に、いる? ここにいるのは、誰? もう探す場所なんて無くて、両手を顔に押し当てる。 じゃらりと銀色が揺れた。私はハッとして左手を顔から離す。 この左腕の能力。 色を消す左腕。 他人を消す事しか出来ない私は。 色が無い存在? 消えている存在って事? 私はここにいる筈なのに。 |
どうして私がいるここに来たの? 【 Color act.5 】 何度も読み返してぼろぼろになりそうな手紙。 お母さんたちとの思い出、自分自身までぼろぼろになっていくような気がして、 とうとう諦めて、その手紙を元通りに引き出しにしまった。 じゃらりと音を立てる左腕のそれを苛つきながら触れる。 もしかしたらこの腕の能力のせいで私の色が見つからないんじゃないかなんて、 正解なのか理不尽な言い訳なのか。頭の中がごちゃごちゃになりそうだ。 まだ、若干、否、かなり混乱した状態のまま学校に行く。 結局今日も授業に集中できなくて、1時間目は参加したけど、 今、つまり2時間目真っ最中のこの時間、空き教室でサボりというわけである。 誰もいないところで、何も考えずにいたかった。 なのに。 「よぉ。」 出来る事なら見たくはなかった瞳が私を映す。 一体何でここにいるのよ・・・・・・・。 屋上は彼に会うかもしれないからって、今日は空き教室にいるのに。 偶然? 否、どうやら違うみたい。 跡部景吾が嫌な笑みで笑ってるから。 「・・・・・何か用?」 「この間は逃げられたからな。話の続きだ。」 「話は終わったはずだけど?」 「アーン?終わってねぇよ。」 ギッと音を立てて、跡部景吾が私の隣の席に横向きに座る。 足を組んで、机に肘をついて私を見る。 「・・・・・・・何?」 その青い瞳に吸い込まれそうになる。それに、やはり、彼はとても綺麗な人だ。 それでも、彼は絶対に私をからかうだけなのだから、慌てた様子は見せられない。 平静を装って私は彼を見る。 「お前、面白いな。」 「それ褒めてんの?」 「ああ。褒めてるぜ?」 「そう。じゃあ、ありがとう。」 素っ気なく言うと、跡部景吾はまた笑った。 「名前。」 「は?」 「名前を教えろよ。」 「嫌。」 っつーかこいつなら名前くらい調べちゃうと思うんだけど。 私は視線を窓の外にやる。 空は、青い。 「色は?」 「嫌。」 「ふーん。」 口元に笑みを作ったまま、彼は足を組みなおす。 「そういえば、お前の色は誰も知らねぇんだな。」 「そうね。」 そう言ったすぐ後、私は彼の言葉に勢いよく振り向いてしまった。 にやりと笑った跡部景吾。やはり、私の予想通りだったみたい。 「だから、色、教えろよ。」 名前を知っているのに、色を聞こうとする彼。 そんなに私を落としてみたいのだろうか。っつーか私なんか落として楽しいのか? お世辞にも魅力的な体つきとは言えないと思うんだけど。 「嫌だって言ってんでしょ!」 「お前、無色、って呼ばれてぇのかよ。」 その単語を聞いて私は思い切り彼を睨む。 色が無い。それは色を持ってうまれた人間を否定する言葉。 この人、思った以上に嫌な人間だ。 最悪だ・・・っ! 「アンタ、最悪だね。」 がたりと立ち上がって、彼を見下ろす。 いきなりの私の行動に跡部景吾は驚きを隠せないようだ。 「・・・・・おい」 「その言葉の意味くらい知ってるでしょ?」 「お前が色を教えねぇからだろ。」 「それでも、それは言っちゃいけない言葉だよ。」 「・・・・ッチ。わかった。撤回する。悪かったな。」 「・・・・・・・え。」 私は思わず目を見開く。 「ンだよ。」 「あ、否・・・・・わかってくれたならそれでいい。」 視線をあわせず。驚きを隠そうとしてみるが、あんまり意味がないみたいだ。 初めてというか想像もしなかった跡部景吾の微妙な表情を横目でちらりと見る。 彼は視線を私から外し、ただ外を見ていた。 その横顔を見ながらふと思った。 彼は何でここがわかったのだろうか。 |